1998年5月3日(日)

     富良野--→麓郷--→日高--→苫小牧--→長万部--→濁川温泉--
                    --→函館-----(フェリー)-------青森--→東北道--→練馬(光が丘)

朝、富良野プリンスの前で両親と別れて、私たちは一足先に帰途についた。とりあえず今年も『北の国から』の五郎の石の家を見て、記念に一枚写真を撮っておいた。去年はなかったのに、撮影に使われたためか、家の前に、テーブルと椅子も作られていて、ガーデンパーティでもできそうな感じになっていた。きっと今年の夏に放送される時に、みんなでワイワイご飯を食べているシーンにでも使われているんだろうなと想像してしまった。

富良野を後にして、高速道を避け日高方面へ向かった。以前立ち寄ったドライブインがつぶれていたり、新しい道の駅ができていたりして、北海道も変わっていくんだなあと、ぼんやり考えた。

門別を抜けると、静内へ向かう反対車線が渋滞している。北海道でこんなに長い渋滞をみたのは初めてだ。
「いったい何でこんなに混んでいるんだろう?? みんなどこへいくんだろう???」とハテナでいっぱいになっていたら、ラジオの交通情報で、渋滞の様子を伝えていた。静内へ向かう国道は20キロ以上の渋滞。この原因は静内にある二十間道路沿いに植えられた桜が満開で、桜祭りが行われている為と判明。なるほど、夏に通った時、一面緑の桜並木だったことを思い出した。確かにあのどこまでも続くまっすぐな道一面に桜が満開になった図を想像すると、みんなが行きたがるのもううなづけるなあ、などと感心してしまった。静内は道内でも有名な桜の名所だったのだ。

私たちは渋滞を横目に、反対方向へと進んだ。しかし、主要都市に入ると、かなり渋滞している。苫小牧で渋滞し、長万部で渋滞し、その渋滞が函館まで続くと思われた。しかたなくカーナビを頼りに脇道へ入る。同じことを考える人はどこにもたくさんいるようで、何台かの車とつるんで走ることになった。この抜け道が幸いして、国道に戻る頃には、かなり時間が短縮できた。カーナビ様様である。

時間の余裕もできたので、途中、濁川温泉に寄った。渋滞で疲れた体をゆっくりと暖める。極楽の瞬間である。しかしフェリーの時間が気になるため、早めに温泉を出て函館へ向かった。

帰りは夜8時のフェリーを予約してあった。2時間前には到着し、フェリー乗り場でおみやげを選ぶ。夕食は簡単にモスバーガーで済ませた(^^; フェリーは帰りも満員で、足を伸ばして寝られない程の混雑だった。ほとんどの人が仮眠をとっていたが、青森に着くとアナウンスが入る頃には、どの顔にも疲労の色が濃くなっていた。

フェリーを降りて青森から東京までの高速は、一人が運転する間、もう一人が寝るというサイクルで走り続け、朝7時過ぎに家に到着。一週間分の洗濯をすませ、布団をひいて、ゆっくり足を伸ばして横になった。夕方まで爆睡する二人なのであった。お疲れ様でやんす。

今回の旅は、ほとんどの時間、車を運転するだけに費やしたような気がします・・・。
やっぱり北海道へは、日程の余裕を持って臨みたいものだと思いました。